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おーくんとむとむ

看護学生が、日々の疑問や思った事を不定期で綴っていく。

知らないままでいいのか?

思うこと

 

今日から私の高校では、「クリスマス募金」というものを始めているらしい。

 

募金した人には、学校の玄関にある大きなクリスマスツリーに飾りつけるリボン🎀を渡して、ツリーをリボンでいっぱいにしようという取り組みだ。

 

募金の送り先はトーゴ共和国

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”日本ではクリスマスは華やかに楽しい行事として行われていますが、世界にはクリスマスを楽しめない子供達がたくさんいます。”

 

”みなさんのほんの少しの思いやりを分けてくれませんか?”

 

トーゴ共和国の人々を笑顔に”

 

 

こういった募金活動のポスターや、生徒の募金呼びかけの放送を聞いて思うことがある。

 

 

相手の国の歴史、状況、募金が必要な理由、募金集めしている団体のこと、信用できるかどうか、考えて募金しているのだろうか。

 

きっと、「募金すればいい」「募金したら貧しい国の人たちが助かる」と思って募金しているのではないか?

 

今の私の発言を聞いたら多くの人は、「だから何?」「なにかいけないの?」と思うだろう。

 

私も、以前はそう思ってた。

 

募金で世界の誰かの役に立つと思ってた。

実際、役立っていることもあるだろう。

 

でも、もっと違うところに目を向けるきっかけになったのは、

今年行ったベトナムカンボジアでのスタディツアーだ。

 

スタディツアーで、支援とはどういうことか深く考えた。

 

今回の募金のように、お金や物資、食料などの給付や、井戸や学校の建設、人の派遣など、

支援には様々な形があるが、、、

 

我々が支援するにあたって1番大切なことは、

「”相手にとって必要なものは何か”よく考えること」だと思う。

 

それには、

相手の国への関心、相手を思う気持ちがなくてはならない。

(その国がどんな歴史をたどって、今どういう状況にあるのか調べたり)

 

関心を持ち、相手をよく知る

→相手をよく知ることで問題の原因がわかる

→原因がわかると解決策を考える

→解決に向けて何が必要かわかる

→必要な条件を満たす活動、現地の人の努力

 

これらが揃ってこその支援ではないか、と私は思う。

 

私(ツアー隊)がお世話になったカンボジアで音楽教師をしている日本人女性から、様々なエピソードを聞いた。

 

例えば、

カンボジアに学校を作ろう!!と様々な支援団体が次々とカンボジアに学校を建てた。

これで、カンボジアの子供達が学校に通える!

 

 

、、、と。思いきや。

 

 

実際は、たくさんのピカピカの校舎が使われないままただの箱となっている。

 

カンボジアの小学校の校舎が足りてないのは本当だが、実際は教師も足りていない。

 

学校の先生のいない学校は、建物だけがあっても無意味なのだ。

 

それなのに、カンボジアにはたくさんの学校が建つ。

 

これは、「相手の国をよく知ること。何が必要なのか考えること」ができていない証拠と言える。

 

※スタディツアーで学んだことについては、改めてブログに書こう。

 

 

また、こんな話もある。

これはその日本人女性からの話ではないが、

 

外国からの支援された学校の机とイスを壊している子供達がいた。

 

現地スタッフが、慌てて「それは支援を受けて貰ったものなの!」「ものは大切にしなさい!」と叱ると

 

 

 

「だって、壊したもまたもらえるじゃん。」

 

 

 

と、子供達が言ったそうだ。

 

 

これらを聞いて、どんな気持ちになるだろうか。

 

少し話はそれたが、、、

 

私が言いたいのは、

 

「”相手の国のことを知ろうとする”ことが大切だ。」ということ。

 

そして、支援団体についてもよく知ること。

自分の気持ちが踏みにじられたら最悪。

それだけじゃなく、悪用されてさらなる被害が出てしまっては、、、元も子もない。

 

(※ポスターはユニセフですが。この話とは何の関係もありません)

 

 

もちろん、本気で支援するとすれば現地に行って、活動することが1番いいのではないかと思う。

しかし、海外支援をボランティアでも、職業として行う人以外は、海外で貧困や紛争などの現状を目の当たりにする機会は少ないだろう。

 

そして、1番身近で、取り組みやすい海外支援は募金ではないだろうか。

 

だからこそ、多くの人ができる支援だからこそ

 

ただ、「お金をあげればいい」という支援に終わらせて欲しくない。

 

募金をきっかけに、その国について調べて欲しい。

 

知って、支援すること、知らずに支援すること。

 

同じ100円でも

 

知るか知らないかで、

支援の意味、募金の重みは変わってくるのではないだろうか。

 

私たちが知って募金しても、知らずに募金しても、金額は同じだし。

トーゴの人にとっては知ったこっちゃないかもしれない。

 

それでも、

この先、意味のある支援が続くように

 

 

ほんの少しでも、この文を読んで

 

 

ちょっと調べてみようかなって思ってくれた人がいたら嬉しい限りです。